パキスタン

ラワルピンディ及びイスラマバードの都市交通

 

Mr. Usman Yaqub Khan

 交通省

 

 

パキスタンにおける都市交通のジレンマ

 効率のよい適切な都市交通機関の整備がもつ極めて高い重要性やパキスタンの主要都市の全てで続く悲惨な状況を認識して、政府は今までに数多くの評議会・委員会・作業グループ・地元専門家や外国人コンサルタントによるパネルを設置し、問題点の調査と改善策の提言をたびたび依頼してきた。今までに作成された9つの報告書を見ると、都市交通の問題点とその解決策を詳細に特定しており、健全な提言にもかかわらず、残念なことに、提言のほとんどは実行に至っておらず、その結果問題点は依然として我が国の都市をむしばんでいる。

 実行可能な都市交通システムを構築する上で、最も著しい障害となっているのは以下の点である。

  1. 明確な政策の欠如:

     都市運輸政策は、極端に揺れ動いてきた。民間部門の役割や、都市輸送の供給への政府の責任が明確に理解されていない。民間部門と公共部門の分担が決まっていないだけでなく、公共部門の責任についても、本来は地方自治体の責任であるとの提示にもかかわらず、連邦政府と地方政府との間で押しつけ合いが続いている。また公共団体は厳密に商業ベースで運行するべきであり、「人力車」やミニバスなどの下位のモードは廃止するべきだとの意見もある。

     これは、都市輸送の運営の性格や運営方法への理解が著しく欠如しているのが原因である。(完全に自主的に、かつ最大の効率を追求して都市交通を運営している)先進国でさえも、都市バスを商業ベースで運行するという例はまずない。運賃構造のせいで、収入は総営業費用の4060%を越えない。営業費用が運賃収入を上回る原因は以下の通りである。

      (1)都市輸送機関の利用者は社会の最低所得者層で、輸送サービスの費用を払えない。そのため、運賃の損益分岐点までの値上げさえ、社会的に好ましくない。

      (2) 都市の大量輸送施設は、組織労働者である低所得者層の利用が多く、費用の増加に合わせて運賃の値上げは、政治的に極めて困難である。

      (3) 政府は自らの社会的責任の一環として、交通量からは正当化されない地域にも輸送手段を供給する義務を負っている。

     

  2. 資金不足:

     政府部内に明確な都市運輸政策が存在しない結果、不適切な資金調達が発生する。公共団体は常に資金不足にあえいでいる。資金調達の規模や資金源は、時々で異なり、商業融資や債券の発行などあらゆる方法が試みられたが、失敗に終わった。資金注入は散発的で、短期間に急激に主に車両の追加という形でそれを支える補助的設備もなしで行われる。バスを夜間に駐車するスペースさえもないといった例や、車体の建造費用の不足から、車のシャシーが何年も放置されているという例も多い。こういった投資は極めて短期間に吸収、廃退という深刻な問題を引き起こすため、無駄であるだけでなく、逆効果的でもある。

     適切な資金の不足は、深刻な悪循環を引き起こす。資金が不足した場合、経営者は通常メンテナンスの水準を落とすので、その結果車両の破損が頻繁になり、これが収益を減らす。経営者はますます(通常はメンテナンスの)水準を引き下げざるを得なくなり、次の悪循環を生み出す。

     民間部門の状況はさらに深刻である。民間の都市輸送運営者にとって、簡単に信用を設定したり融資を行ってくれる組織は存在しない。その結果起業家は、簡単に利用できるものの、金利が非常に高く融資の償還条件も過酷な民間資金に頼ることになる。融資は反社会的な分子が管理し、横暴な場合がかなり多い。

     

  3. 過剰な規制:

     我が国の都市輸送は、政府の運賃への規制が極めて過剰である。運賃の値上げはほとんどその場しのぎで、不充分で、遅すぎる。運賃がいかに不適切な水準にあるかは、タイヤ、チューブ、ガソリン、シャシー、労賃の1950年以降1000%〜1800%の値上がりに対し、運賃の値上げはその何分の一という事実からも判断することができる。様々なバス都市輸送の現在の運賃は、合理的水準より一般的に1550%も低い。

     都市輸送機関を公共部門が独占運営していれば、問題はそれほど悪化していなかったであろう。民間部門も大きなシェアを占めていることが問題を難しくしている。民間部門は金銭的な関心のみで公共輸送に携わるので、当然の事ながら政府補助の料金で運送するという道徳的、社会的責任を感じていない。この点が過去においても常に問題の根源となっており、解決が必要である。

     このほかの深刻な状況になりつつある点を以下に詳細を示す。

     

     

    (1) 新規のバス車両導入率が大幅に落ちむ一方、ここ数年、小型車両の数が急増している。これは、適当な資金源の不足や、大型車両の採算性の悪さを示している。

     

    (2) 投資収益率が極めて低いことから、著名なハイクラスの起業家は都市道路輸送機関に投資しようとはしない。そのため、都市輸送機関の所有は中間所得者やその下の層(共同所有や自営)となっている。

     

    (3) 公共輸送機関では会社の所有者が頻繁に変わる。例えば、この分野に社会的な理由(公共輸送機関の所有は依然としてステータス シンボルととらえられている)から参入した投資家は、海外で働いたり、動産や不動産を売却してお金を得ると、公共交通にすぐに魅力を感じなくなり、手放す。その過程で財政的に大きな損失を被るのである。

     もしこのような状況が今後も続くとすれば、問題は対処しきれない規模に膨れ上がり、極めて深刻な政治問題や経済的な反動を引き越す恐れがある。極端な定員オーバーや運賃の不当請求その他の都市輸送機関の無法行為から、状況がいかに深刻かがはっきりとわかる。

     

(d)学生割引:

  学生割引には、財源調達方法、民間部門の履行義務、学生割引の不正利用という3つの基本的問題が存在する。しかし学割制度の運営は適切、公平に行われていない。学生は交通機関を利用する場合には一定の運賃を支払えばよい。公共道路輸送公団の損失は、毎年末に差額を補填する形で穴埋めされてきた。しかしこの補填は自動的ではなく、細かな手続きが必要で、また支払いがしばしば遅れる。一方で、民間部門が運行するバスは、学生の利用に対する補填を受け取っていない。これが常に悶着の種となっており、学生と民間バス所有者を巻き込んだ不愉快で醜い事件を引き起こしている。またこのシステムは、学生による広範な不正使用を引き起こしている。

 

(e)労働法:

  労働法がらみの訴訟の数が非常に多いことから、同法を速やかに適用するのはほとんど不可能である。そのため、特に都市運輸公団においては、規律の乱れが深刻である。問題解決に向けた真剣な検討が必要である。

 

  1. 質の高い人材:

      車両の編成・管理・運営・修理・メンテナンスを行う熟練した労働力が不足している。特に都市運輸公団(UTC)においては、熟練したシステム マネージャー、財務アナリスト、運転手、技術者、労務管理者、デポ管理者を必要としている。今のところ、専門家でない人間を監督的な仕事に任命しているのが実状である。もっと低いポジションでも、程度は軽いものの、似たような状況にある。

     

  2. 都市交通管理:

      単なる旅客輸送用車両(バス、ミニバス等)の供給では、都市道路における交通の流れを改善することにもっと関心が集まらない限り、都市交通が抱える問題は効果的には解決しないであろう。既存システムでの管理では最適な状況を達成できない場合が多く、また実際に、遅延、燃料の浪費、環境汚染の増加、イライラ感の増幅などの結果となってしまう。幸いなことに、交通管理の手法を用いて都市交通システムを改善する可能性は残されている。これには主として、道路を基盤とした公共輸送需要を抑制する手段として、既存の道路空間の効率的かつ安全な利用の達成に向けて、(主要道路建設のための新規プロジェクトに関連した大規模な支出に比べ)比較的費用のかからない解決策の適用である。

  3. 車両のメンテナンス:

      都市交通で利用される車両のメンテナンスは、一般に、また特に公共団体が運営している場合は、多くの課題が残されている。貧弱なメンテナンスの程度は、バスの耐用年数が先進国では18年から20年であるのに比べ我が国では5、6年であることや、オフロードバスの割合が先進国の15%に比べ極めて高いこと(40%に達することもしばしばである)からも明白である。

      この問題は基本的には、以下の3つが原因である。(a)備品の調達にあたっての手続き的、官僚主義的な困難、(b)多い盗難、(c)スタッフの低い生産性。

      こういった極めて危機的な側面に対応するためには、真剣な検討が必要であり、それなしでは効率的な都市輸送システムの整備は不可能だ。

 

 

現在選択可能な改善策

 我が国に都市輸送組織を作り上げる方法として、4つの選択が可能である。これらの選択肢については、以下のパラグラフで詳細な検討を行なった。

 

(i) 自由放任のアプローチ

 

 現状がこのまま続き、輸送サービスの完全な崩壊を避けるための努力を散発的にする選択である。しかし理想とする目標を達成するにはあまりにも制約が多いことを考えると、政府が「何もしない」というこの選択肢を意図して選ぶことは不可能である。

 

(ii) 全面的な民営化

 

 我が国の都市交通システム全てを民間部門にゆだね、政府は調整機関として、品質基準や安全面のみを担当する、という選択である。こういった自由市場の力にゆだねるシステムは、外部からの財政的な支援を必要としない自立的な輸送システムを構築し、競争により効率を保証し、また供給も需要パターンに応じた水準になるといわれる。しかし、これには特に、社会の貧困層が公共輸送施設から完全に閉め出されてしまう危険性があるいう、根拠ある意見もある。民間の運営者が関心を示すのは利益の上がる路線だけなので、輸送サービスの供給が不平等になり、公共輸送機関が全く存在しない地域が数多く発生する可能性がある。またこの選択肢が政府の関与を排除する機会を与え、その結果政府の資金を短期的には節約する可能性があるように見えるとしても、現在非組織的で内部的に競合し合っている民間部門が最も効率よい方法で最適な解決策を提供すると信じるだけの十分な根拠はない。従って、数多くの正当な社会経済的な理由により、都市輸送の全責任を民間にゆだねるのは望ましいとはいえないだろう。

 

(iii) 全面的な国有化

 

 都市部においては政府が唯一の公共輸送の提供者となる。これには、高速輸送鉄道からバス、及びミニバス、ピックアップ バン、タクシー、人力車などの全ての補助輸送機関(パラトランジト)を含む。このシステムは共産諸国で実施されているが、以下の社会経済学的理由から適切な解決策とは思われない。

 

(a) 都市交通システムの整備やメンテナンスへの投資に回せる公共資金は、極めて限られている。

 

(b) 急激な人口増や移動需要の増加、特に主要都市における都市部の広がりにより、輸送施設の基本的な整備にさえも、大量の資金を必要とする。

 

(c) 適切な訓練を受けた労働力の不足やその他の物理的な制約により、公共部門の省庁はある程度は可能だとしても、資金を吸いとるインフラの整備には厳しい制約を受けている。

 

 

(iv) 混合的なアプローチ

 

 効率的な都市輸送システムの提供に、主として民間と公共部門双方の資源活用を基本としている。この方法は、公共輸送を医療や教育と同等の社会サービスと考える、欧州のほとんどの都市や世界中の多くの国々で一般的に行なわれている。中央政府と地方政府が必要な資金を出し、都市輸送サービスには正当に補助金を支給する。この場合、公共輸送サービスは市内だけを対象としたバスや高速輸送鉄道の形で行う。タクシーその他の特殊輸送機関など残りの輸送手段は、完全に民間の手にゆだねる。しかしこれが効果的で効率よく働くには、民間、公共2つの部門の間で運営が十分に調整される必要がある。適切な計画作り、効率的な規制と執行を通じて可能であろう。

 

 

提言:

健全な基盤を持った都市交通を整備するために、下記の提案を行う。

 

 

(1) 都市交通が公共部門の社会サービスとして扱われる必要性が十分に認識されたうえで、綿密に検討され明確な都市交通政策が策定されなくてはならない。

 

(2) 上記の目標達成のために、都市バス輸送に2層システムを採用する。

 

A. 公共部門

 

(a) 政府の責任は、社会の最貧困層に対して彼らが負担可能な運賃で都市輸送機関を提供する事に制限する。従って、重点は質よりも量に置かれる。そのためバスの車体設計は単純化し、(座席や余分なものを少なくするなど)最低限の装備にする。

 

(b) 資本投資はすべて市町村、州(県)政府、連邦政府がまかない、その比率は各々204040とする。

 

(c) 運賃は固定制とし、公共運輸公団は運営費の50%を運賃でまかなう。

 

(d) 残りの50%は市町村、州(県)政府、連邦政府が、それぞれ102020の割合で補助金として支給する。

 

 

B. 民間部門

 

(a) 政府は高水準のサービスを求める人やそれを負担する資力のある人には、補助金を交付して交通を提供する道徳的および社会的な義務を負わない。

 

(b) バス運賃を全額払う資力を持つ中間所得者層の中でも低い層の移動ニーズに対応するために、4都市全てで民間のバスの運営を認める。

(c) 中間層および中間所得者層の中でも高い層のニーズは、品質の高いサービスを提供するミニバス、「人力車」、タクシーなどで民間部門のみが対応すべきである。

 

 

(3) 都市運輸公団には、確実かつ継続的に適切な資金を供給し、計画的に数台のバスを定期的に購入させ、科学的な方式で運営を組織させるようにする。補助金の額は、補填ではなく、事前に予算化しておく。

 

 

(4) 民間の運輸業を産業として認め、農業開発銀行や産業開発銀行にならった交通開発銀行を設立し、車両の抵当権を元に車両価格全額を簡単に融資できるようにする。また車両の抵当権には、バスが事故その他の理由により破損した場合に銀行が資金を回収することができるよう、広範な保険をかける必要がある。

 

 

(5) 民間部門の都市輸送は全面的に規制撤廃し、政府は、バス運営以外に都市輸送機関の運賃決定まで行っていたその責任を放棄する。運賃の決定は経済状勢や市場の競争にゆだねるべきである。しかし、サービスの質や安全面については、規制機能は政府に残す必要がある。

 

 

(6)  運賃決定に必要なデータを政府にも民間部門にも提供するために、ガソリン・シャシー・タイヤ・チューブ・労賃・部品等様々な項目の費用上昇をモニターする公的機関として国立運輸研究センターを指名し、運営費への全体的な影響を示す必須指標を開発する。

 

 

(7) 学生割引は、学生が所属する教育機関が管理し、学生の代理として各教育機関が通常の料金で「通学定期」の形で月次、四半期、(学校での)年次で、民間、公共に関わらずバス所有者から購入する。

 

 

(8) あるいは、学生割引は政府所有のバスに限定する。

 

 

(9) 熟練労働力不足を解決するために、科学技術・工学専門学校に、経営・技術・運営上の訓練を行う施設を設ける必要がある。また運転指導者、運転訓練施設、現職運転手の訓練を早急に増やす必要がある。

 

 

(10) メンテナンスの問題は、タイのバンコクで成功したように、評判のよい会社に下請けに出すことで解決する。

 

(11) パキスタンの全主要都市で総合的な輸送調査を実施し、長期的なニーズや適切な長期交通計画を科学的な方法で決定する。人口50万人以上の全ての都市は、適切な都市交通システムを持つようにする。

 

 

(12) 交通の流れを改善するだけでなく、都市部の旅客輸送に品質・効率・安全性をもたらすために、適切な交通管理手法を導入する必要がある。

 

 

(13) 自転車専用道路の設置や自転車価格の引き下げによって、自転車などの費用が安い交通手段の整備を最大限に促進する。

 

 

(14) 運輸産業関係政策は、著名な有識者・運輸団体・政府の三者の代表者から成る委員会が、全て統括する。

 

 

(15) 公共部門の道路輸送サービスを基本サービスとして位置づけ、基本サービス法第7条の適用を宣言する。





Back